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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)6833号 判決

原告 富士高速印刷株式会社

被告 富田常雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、申立

原告 被告は原告に対し金一〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二六年一一月一一日から支払ずみまで年六分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言。

被告 主文同旨の判決。

二、請求の原因

(一)、訴外株式会社ホーム新社(以下訴外会社という)は婦人雑誌「ホーム」の出版を業とするもの、被告は小説等の著述を業とするものである。

(二)、訴外会社は、昭和二五年九月上旬頃、被告に対し前記雑誌同年一二月号に掲載する予定の小説「天の渦潮」の著述を依頼し、被告の承諾を得たので、同月七日その原稿料の前渡金として金一〇万円を支払つた。しかるに被告において度々催促を受けながら約束を履行しないので、訴外会社は昭和二六年八月九日前記契約を解除し、被告に対し前記前渡金一〇万円の返還請求権を有することとなつた。

(三)、ところで訴外会社は、昭和二五年九月一五日その設立登記を了したもので、被告に対し右著述を依頼した当時はまだ設立手続進行中であつた。したがつて右行為は、その発起人が訴外会社の設立を条件としてしたものであり、訴外会社設立の暁において、当然会社のためにその効力を生じ、会社が権利を得義務を負担するに至つたものというべきである。

(四)、そして訴外会社は、昭和二六年八月一三日原告に対し前記債権を譲渡し、同日附の書面で被告に対し債権譲渡の通知をした。

(五)、よつて原告は被告に対し前記「申立」に記載のとおりの金員の支払を求める。

三、被告の答弁

(1)、請求の原因(一)のうち、被告の職業は認めるが、その余は知らない。同(二)は否認する。被告は昭和二五年九月七日既存の原稿料として金一〇万円を受取つたことはあるが、訴外会社から受取つたものではない。同(三)のうち、その主張のとおり設立登記のなされたことは認めるが、その余を争う。同(四)のうち、債権譲渡の通知の到達したことは認めるが、その余は知らない。

(2)、仮に原告主張の事実があつたとしても、その主張の著述の依頼は、訴外会社設立の際これに対し当然にはその効力を生じない。

四、証拠〈省略〉

理由

訴外会社が婦人雑誌「ホーム」の出版を業とするものであることは証人本郷保雄の証言により明らかであり、被告が小説等の著述を業とするものであることは当事者間に争のないところである。

よつて請求の原因(二)及び(三)の点につき検討する。

訴外会社が昭和二五年九月一五日その設立登記を了したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第五号証に右本郷証人の証言並びに弁論の全趣旨を合せ考えると、訴外会社の設立登記前である同年九月上旬頃、その設立手続進行中、発起人の一人である本郷保雄が被告に対し訴外会社設立の暁出版すべき雑誌「ホーム」に掲載する予定の小説「天の渦潮」の著述を依頼し、被告の承諾をえたことが認められる。この認定を動かすに足る証拠はない。

原告は右行為は発起人が訴外会社の設立を条件としてしたものであるから、会社設立の暁において、当然会社のためにその効力を生ずると主張するが、元来発起人が設立手続進行中にした行為によつて生じた権利義務であつて、会社設立の際当然会社に帰属するものは会社設立に必要な行為によつて生じたものに限られるのであり、会社設立に必要でない行為によつて生じたものは、たとい創立総会の承認をえたとしても、会社設立の際当然会社に移転するものではない。そして発起人が、会社設立後出版すべき雑誌に掲載する予定の小説の著述を依頼する如き行為は、発起人としての権限を超えた行為と認めるのが相当であり、むしろ会社の営業の準備のためにするものにほかならず、会社設立に必要な行為ということはできない。したがつて発起人本郷保雄のした右行為によつて生じた権利義務は、発起人個人のものであつて、訴外会社が設立された後も、当然には会社に移転することがないのである。

してみると、他に主張立証のない本件においては、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由のないこと明らかであるから、これを棄却し、民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原英雄)

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